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零落がおすすめの人
- 卑屈になっていく人物が主人公の作品を読みたい
- 好きで始めた仕事が苦痛になっている人
- 人間の内面を暗い雰囲気で描いた作品が好き
「これぞ浅野いにお」と言わんばかりの作品。人の内面から湧き起こる葛藤や、卑屈な心理描写がゴリゴリ描かれている。とある漫画家の光と影とでも言えばいいだろうか。
作者の実体験も入っているであろう自伝的なポジションとも言える。売れない漫画家の話だけど、これはモノづくりや人気商売の人は理解できる内容じゃないかな。
決して気持ちよく前向きになれる漫画ではないのだけど。ダーク方向に落ちぶれていく人を見て、苦しいのは自分だけじゃないと思える性格の方向け。
「零落」のストーリー
©零落 小学館
漫画家・深澤薫が8年間描いた作品「さよならサンセット」が連載終了。書店の売り場では、最終巻のスペースも広げられておらず、発行部数も減らされる始末。
そんな深澤に追い打ちをかけるのが、漫画編集の妻・町田のぞみ。のぞみの担当漫画家は売れており、これによって多忙を極める。結果、深澤との間に溝が出来ていた。
深澤の連載終了をねぎらう打ち上げでさえ、興味がなさそうに集まっている関係者たちも目に入る。次第に、深澤はアシスタントを含め周りとギスギスし始め落ちていく。
経験したらわかる何もかもがダメになって行くあの感じ
『零落』浅野いにお
この作品に出てくる漫画家が著者自身、もしくはそれに近いものであるとしたら…正直複雑で苦々しい後味でした。
漫画家と作品は必ずしも等しくないにしても、その作品で感動したり救われる読者がいることも事実…
たかが漫画、されど漫画家ですね。#漫画 pic.twitter.com/2lYxWNz6DC— ゆーひこ (@yh1971561) November 4, 2017
「零落」のタイトルが意味する通りの内容で、主人公の深澤が落ちていく姿がある。仕事が上手く行かないことで、精神的ダメージを負っているのだけどそれがリアルだ。
人間、いついかなる時でも強くいられる人なんてごく一部の話で。今は調子よくやってるけど、トラブル一つで仕事が狂って落ちて行く人はいくらでもいる。
そのいくらでもいる落ちていく人間を、深澤という漫画家に投影した作品。作者の実体験もあるだろうが、ダメになって行くあの独特の苦しさを経験した人なら共感するのでは。
アシスタントにまで強く当たったりするのだけど、そのアシスタントとのやり取りもリアルというか。「こりゃ落ちるところまで落ちるな」と思うと、どこが底なのかを見たくて仕方がなかった。
また、深澤放置でスマホをやる関係者もいる「とりあえず打ち上げ」があるのだけど。こういう、誰でもやられたらかなり傷つくであろうことが、いかにもな描写で出てくるため胸が締め付けられる。
漫画を商業用に特化させていくことへの葛藤
漫画について語られるのは、やっぱり作者も主人公も漫画家だからだろう。「漫画愛」をテーマにしたやり取りもあるのだけど、深澤が誰よりも漫画を愛しているからこそ内容が響く。
自暴自棄になって、売れ線漫画として商業用に特化した漫画をディスってるところとか。嫉妬や皮肉る時って、その心理に羨ましさがあるわけで。
音楽の世界なんかでも、売れ筋の曲があるけどそういうのと似ていると思う。作り手が好きな物を作るだけじゃダメ。だけど、売れ線の似たような作品に染まりたくない。
こういった、内面的な葛藤にぶつかっているのが良かった。葛藤して何になるのって思うんだけど、その何になるのかわからない掴みどころの無さが好き。
深澤の内面をうつす女性の存在
本作は、深澤一人の物語ではない。冒頭から女性が出てくるが、彼女の存在も作中で大きく深澤に影響を与える。
男女の扱い方も上手いというか、異性の存在って人間の心理状態が投影される部分があるんだよなと。例えば、デリヘルを呼んだりしているが、これも深澤の内面がうつされていて。
本当に上手く行かない時は、本当に上手く行かないんだなということが無言で表現されている。(ビジュアル的にハズレと言われる部類の子が来るという意味で)
同時に、何もかもダメになっていく深澤の姿を見せられるのが、どこの誰かもわからない女の子という話で。「落ちゆく姿なんて、誰にも見せたくないけど人は恋しい」的な表現かなと。
調子が悪い時に限って、悪い男がよってくる女性みたいな。身近に現れる異性像って、そのまま自分をうつす鏡とも言える。セリフにせず、深澤の精神状態にリンクさせているよう見せるセンスは秀逸。