何度も読み込んで初めて理解に繋がる『ヤサシイワタシ』

ストーリー、ジャンル

大学2年で写真サークルに入った主人公・芹生弘隆。彼は、サークル内の問題児である唐須弥恵と出会い付き合う事となった。

この唐須という女性の問題児たるゆえんは様々だ。彼である弘隆に対して、元彼への未練をベラベラと告白してしまったり、弘隆自身が抱える心の傷を議論の引き合いに出したり・・。

そんな弘隆は周りから心配されながらも恋人として関係を続ける。自由奔放な様子を見せたと思えば、病んだりもする弥恵。恋愛モノではあるけれど、内容は非常に難しい。作者が本作を通して、何を伝えようとしているのかを考えながら読む事で解釈が深まると思う。

軽々しく言えなくなった「人間の深さ」

「ドロドロした人間関係」を描いているのかと思いながら中盤までは読んでいた。例外は別にして、ほとんどの人は恋人の恋愛遍歴を聞いて喜ぶ事はないと思う。仮に笑って聞けたとしても、ある程度の人生経験を積んでいないと弘隆のような思いをするだけだ。

弘隆が聞かされるのは、彼女が同じサークルの先輩と関係があった事という大学生にはちと厳しい内容。ズケズケ不必要な事ばかりいう弥恵の言葉に傷ついている弘隆の気持ちというのは、読み手にも伝わって来る。ここは弘隆に限らずサークルのメンバーも弥恵に呆れているのだけど。

ただこういった「迷惑な女」を作者は伝えたいのでは無く、この弥恵を通して人間の存在そのものを考える問いかけをしているのではないか。解釈は人それぞれで違っていいが、「迷惑な弥恵」もまた色んな事に傷ついて生きている。

彼女は見た目は気楽、好きなように生きているかもしれない。しかし、この感覚は漠然とした生き方をしている人にとっては理解できるのではないかと私は感じた。

弥恵に取っての「不安感」や「挫折感」というのは、見た目ではわからない想像を絶する苦痛だったのだと思う。それこそ「誰でも経験するよ」と軽く言える物では無い。彼女の写真に対する想いなどにも、現実という社会は容赦なかった。

目標とか、夢とか、やりたい事を持てなかった私からすると、隆弘や弥恵は羨ましい存在だった。ただ、話を読み進めるとそれらの夢があったらあったで苦悩するというのも理解できる。隣の芝生は・・的な感じだろうか。

人ひとりが生きているという事は、当たり前のようで凄く大変で儚い物なのだと思う。私の感想を書いてみたが、この感想自体が普遍的に思う人も多いだろう。「人の深さ」と一言でいうのも軽すぎるが、そういった深みを知れる作品だと思う

こんな人にオススメ

「人とは何か」「生きるとは何か」といった哲学的な考えを持ちながら読める作品。1度読んだだけでは理解できない人が多い事が想像される。いや、理解というよりも「独自の解釈を持つ」という時点でハードルがある。私などは当然1度読んでどうこう思う事は無く、リピーターとして読んで初めて感想を持った。

時々だがこういった作品に出会う。作者も狙って描いてはいるけれど、すぐに理解できる作品では無いところが良い。例えばの話、今の段階であなたが理解できなくても数年経って読むとまるで別作品のように感じる事も十分あり得るという事だ

この物語は弥恵が必ず読者にツメ跡を残す。私から言える事はそれだけである。掴みどころのない作品、ストーリーに白黒がつかない作品が好きな人にはお薦め。

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